黛ジュン 先輩歌手とトラブルと不倫相手と喉の病気!現在の離婚歴と婚約破棄!

過去に数々の浮名を流した大物紅白歌手である黛ジュンさんは、現在独身ですが、2度の離婚歴の他に2度の婚約破棄や2度の不倫…

プロ野球選手、レーサー、政治家との交際が噂されたこともあり、華々しい活躍の裏で大物人物と驚きの愛人生活を送っていたこともあります。

そして喉の病気と更年期障害により歌手活動引退危機も…

そんな黛ジュンさんの壮絶なドロ沼恋愛遍歴を4月7日放送の爆報THEフライデーが報じるそうです!!

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黛ジュン 先輩歌手とトラブルと不倫相手と喉の病気!現在の離婚歴と婚約破棄!

 

黛ジュン (まゆずみじゅん)

本名:渡辺順子 (わたなべじゅんこ)
生年月日:1948年5月26日
出身地:東京都調布市
血液型:O型
身長:160cm
スリーサイズ:85-58-88cm
学歴:豊島区立高松小学校、品川区立富士見台中学校、私立上野学園高校
家族:兄が2人、妹が1人。兄・作曲家の三木たかし(2009年に下咽頭ガンのため死去)

 

黛ジュンさんは、歌手志望だった母親に小さな頃から流行歌を聞かされて育ち、毎日ちゃぶ台をステージに家族の前で歌い家族から厳しくダメ出しされるなどしていたエピソードがあります。

このことから、黛ジュンさんは幼い時から歌と触れ合える生活を送っていたことがわかりますね。

小学校時代には父親が事業に失敗して多額の借金を抱えて一家で夜逃げをし、出前のツケがある程度たまると再び何度か夜逃げをするという生活をしています。

電気代が払えずにろうそくで暮らしており、家計を助ける為に兄(三木たかし)と一緒に流しをやり小遣い稼ぎをしていたそうです。

しかし、父親が愛人を作ったことにより両親が別居し母親に引き取られることになりました。

しかし、両親は離婚をせず寄りを戻したようで、黛ジュンさんは20代前半の頃に両親に一戸建ての家を買って親孝行をされています。

 

中学校卒業後には本名である渡辺順子名義で、各地の米軍キャンプにジャズ歌手として巡っていました。

 

1964年に「渡辺順子」の名でデビューするもヒット作には恵まれず、1967年に石原プロモーションへ移籍することになります。
作曲家の黛敏郎のファンだったこととパンチのある意味合いで黛ジュンと改名し、19歳の時に東芝音楽工業(現:ユニバーサル ミュージック合同会社)から「恋のハレルヤ」で再デビューすると、
ミニスカートと共にパンチの効いた歌声で一気に注目を集めることになり、
1968年、20歳の時にリリースされた「天使の誘惑」は更なる大ヒットとなり第10回日本レコード大賞や紅白歌合戦に出場するなど、一躍人気歌手になりました。

また、歌手だけでなく女優としても活躍し、1983年の35歳の時にロマンポルノ映画「女帝」に主演し話題になりました。

 

黛ジュンは2度離婚!婚約破棄や不倫…派手な男性関係!

 

黛ジュンさんは私生活では1970年にミュージシャンで「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」のメンバーでベーシストの江藤勲さんと結婚し一旦音楽界を引退することになりますが、旦那の江藤の家庭内暴力などが原因で、3年後の1973年に離婚しています。

江藤勲さんは黛ジュンさんとの離婚後に別の女性と結婚し子供をもうけていますが、2015年4月25日に虚血性心不全で71歳で亡くなられています。
その後本格的に芸能界へ復帰しますが、以前ほど人気は低迷し再びヒットするまで時間がかかっています。

その間にドラマーの石田秀雄さんと2回目の結婚をするも、1994年に再び離婚…
2001年には作詞家の里村龍一さんと婚約を発表し話題を集めましたが、里村龍一さん婚約発表後に知り合いのイタコ(占い師)に相談したところ、

「二人の相性が最悪。5年後には歌を辞めるように」

と告げられたことがきっかけで、里村龍一さんから一方的に別れを切り出され、わずか2か月で婚約破棄されてしまいます。

 

また、4月7日放送の爆報THEフライデーの放送内容によると、黛ジュンさんは、里村龍一さんの他にも婚約破棄している方が1人おり、2度の不倫や大物の愛人になっていたことがわかっており、波乱万丈な男性関係であったことがわかります。

不倫とは、黛ジュンさんが結婚時にしていたことなのか、それとも独身時に既婚男性ろ不倫関係になったのか…爆報THEフライデーでは不倫相手の詳細も語られそうですね!

 

黛ジュンさんの若手時代にはディスコが好きで、寝る間を惜しんで来るもの拒まずでたくさんの男性とデートしていること明かしており派手な恋愛をしていたようで、プロ野球選手、レーサー、政治家との交際が噂されたこともあり不倫相手はこの大物有名人である可能性もあります。

自身でも『男性にだまされやすい』と黛ジュンさんは告白しています。

全く知らない赤の他人からのいたずらメールに返信してしばらくやりとりをしていたエピソードもあり、天然なことが伺えますね。

 

黛ジュンとトラブルになった先輩歌手、相手の名前は?

 

黛淳さんは、2006年に原因不明の喉の病気を発症し、慢性的に声帯に痰(たん)がこびりつくようになり、声を出すことや歌声が思うように出せなるという病気を患います。
2011年には、

「心がボロボロのまま。53年の歌手生活で今が一番苦しい。昨年暮れは歌えないイラ立ちからレコード大賞も紅白歌合戦も見ることができなかった。このまま休養するしかないと今は思っています」
と歌手活動休止や引退を示唆するコメントを発表しています。

この喉の原因不明の原因は尊敬する先輩歌手とトラブルになったことが理由で症状が悪化したと言われています。

この先輩歌手とのトラブルについて事情を知る関係者は、
「全面的に黛に問題があったが、かなり厳しい言い方をされたらしい。ストレスからびらん性の胃炎になったほどで、連日泣いてばかりで落ち込んでいた」
と話しており、黛ジュンさんはこの先輩歌手とのトラブルで心身ともに相当滅入ったようでその症状が喉に現れてしまったようです。

この黛ジュンさんとトラブルになった先輩歌手、相手の名前は色々と憶測がとんでいますが、梓みちよさん、水前寺清子さん、青山ミチさんのいずれかではないかと言われています。

この3人の中でも、黛ジュンさんが歌手デビューしたのはS42年。
先輩歌手ということで梓みちよさんの可能性が高いようです。
黛ジュンが大ブレイクしたおかげで 割を食った感じがあるとも言われています。

また3人の他にも、中尾ミエさんの名前もあがっていますが、黛ジュンは体の具合が悪く、仕事に支障が出ていた時に中尾ミエさんに相談しており、
中尾ミエさんは黛ジュンさんから具体的な病気の症状や状態を聞き、自分も同じ体験をした事があることから、「更年期障害かも」と考え、自分の主治医を紹介していることから、中尾ミエさんがトラブルとなった先輩歌手の可能性はないようです。

 

喉の病気と更年期障害の後遺症で歌声が衰えた?

 

黛ジュンさんの喉の病気は、その後の検査の結果で、あるアレルギーが原因だと判明し治療を続け、2012年に入ってからはほぼ完治していますが、

絶世期に比べ声量が明らかに衰えており、音程もぐらぐらと外れたりとかつての歌姫の影は無くなってしまっているのが現状と言えます。

 

喉の病気の他に、重い更年期障害も同じ頃に発症しており、エッセイ集「女はみんな華になれ 私の更年期障害」を発表しています。

その中では、

『倦怠感で何もする気が起きず、体中を虫がはうような感覚に襲われた。』

と、更年期障害の症状について明らかにされています。

 

まとめ

 

華々しい歌手ストーリーの中で、2度の結婚、離婚。婚約破棄に不倫…大物の愛人と、恋多き女として男性関係で波乱万丈な私生活を送っていた黛ジュンさん。

現在は独身で1人で生活をされているようですが、ペットに犬と猫を飼っています。

過去には先輩歌手とのトラブルによりアレルギー性の喉の病気や更年期障害を患い、一時は歌手生命が絶たれる可能性もありましたが、現在は無事完治されています。

しかし、現在の歌声は絶世期の歌声とは程遠いようです。

 

4月7日放送の爆報THEフライデー(TBS系列・午後7時~)では、そんな黛ジュンさんの波乱万丈な壮絶人生と恋愛遍歴が放送され、注目されそうです!

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